【家長私的記録 夢中暦201208.21】

【5年ぶり更新! いやなに、この間にももちろん色々あったわけだが・・・あまりにイロイロなことがありすぎて、とても文章化するにはワタシにはその才がない。 サイトにお越しいただいた方々や応援してくださっている方々には失礼千万、誠にもってanteeksi!】

(このコーナーの更新が、なんと5年ぶりなのは無視して何事もなかったかのように)
 2011年の12月大晦日から、翌2012年正月にかけてまたまた渡芬。 ただし今回は、我々夫婦二人ではなく・・・三人。 ワタシと同じく「フィンランド軍大好き」な友人:せいもく氏の記念すべき初渡芬でもあった。
雄大な大自然の中、凍ったイナリ湖をケッテンクラートで駆け回り・・・
毎夜、オーロラの出現を待ち・・・
コテージを借りて悠々自適にのんびり過ごし・・・
「本当の寒冷地ジム」を作り・・・

 ・・・ところが「事件」は(複数!)起きたので、「我々日本人がヘルシンキ・ヴァンター空港でパスポートを紛失した際、どうすればよいか:FAQ」として、ここに特筆しておきたいと思う。 ここで記述することをお踏まえいただいてからヴァンター空港でパスポートを紛失すれば、多少なりともきっとお役に立つ・・・ことだろう・・・かなぁ・・・と思う(というか紛失するな!ぜったいカラダから放すな!)。 これから書くのは今回の楽しい旅の素晴らしい記録ではない。 ワタシのフィンランド渡航史上最悪の、一番ヒドかった部分だけ、である(!)。

 事件は我々が3日間過ごしたラップランドからフィンエア国内線で南下して、ヘルシンキまでたどり着いた時に始まる。 実は旅の初日のイヴァロ空港に到着した際に、ヨメのスーツケースのキャスター(車輪)が1個壊された(もともと壊れていた、のではない。フィンエア国内線に積み込まれる際か降ろされた際に「壊された」のだ)ことが本当の事件の発端だったのかも知れない(当然これにはイヴァロ空港のカウンターで係員にクレーム処理を申し出た←日本人の係員のような対応と態度を期待してはいけない! フィンランドは個人主義の発達したお国柄である。「ワタシはその会社に属しているけれど、『ワタシ個人が壊したわけじゃない』」という態度で、係員のオバチャンは「極めて事務的に」対応してくれた)。

 さてこの旅が始まる前に、ヘルシンキ空港近くの航空博物館には、帰国前日の数時間を使って行こうという予定を立てていたのだが、現場で改めて検討した結果、着陸直前の機内で、ワタシはせいもく氏に「空港へ着くや否や航空博物館に行ってしまおう」という決断を下した。 帰国前日にヘルシンキ中央部とヴァンター空港間をバタバタ行ったり来たりするよりは、空港到着後の数時間があれば見て廻れるだろう・・・と判断したのだ。 この前日に行ったティッカコスキの空軍博物館に比べれば規模がそんなに大きくはない上に、冬は屋外展示物は雪と防水シートに覆われて事実上見学できないからである・・・が、直接的な事件の発端はコレであったと思う。 何事も「着陸直前に予定を変更してはいけない」という教訓を残すことになった。

 そしてその日の正午ごろ、飛行機は無事に空港に着陸。 降りた我々はターンテーブルで各自スーツケースを拾い、バス・ターミナルへ向かった。 ほどなくして、博物館前で降ろしてくれる「61番」の路線バスに乗り込んだ・・・ここでヨメのスーツケースの車輪が壊れていることを思い出していただきたい。 たいへん優しいご主人であるワタシは、腕力の無いヨメを気遣い、自分のスーツケースとリュックサック、そしてヨメのスーツケースの3つを抱えてバスに乗り込んだ。 ほどなくして博物館に到着。 やはりとっても優しいダンナであるワタシは二人分のスーツケースを抱えて下車。 博物館で入場料を払った。 大きな荷物はここへ置けばいいよ、とクロークルームを案内されてスーツケースを置いてホッと一息、次の瞬間・・・・・・ワシのリュックサックは・・・ど・こ・だ・・・!!

 ・・・騒動開始。 なにを差し置いてもコレだけは離すないとしていたリュックサックがないとは!・・・リュックに入っている一番重要なモノはデジカメとそのメモリ・・・さてはバス内に置き忘れたか?!それともバスに乗り込む前に使っていた空港のカートに置き忘れてきたか?!
 いや、ちょっと待てよ・・・・・・リュックにはパスポートも入ってるじゃないかっ!! 飛行機に乗る前のボディ・チェックが相変わらずウルサイ&ウザイので、金属製品はもちろん、肌身離さず装着していたベルトのポーチ(←コレにパスポートも入ってる)までいっしょくたにリュックサックに放り込んでいたままだったのだ!!(どんなにボディチェックがウザくても、せめてパスポートだけは肌身離すな!)

 まず空港のカートを疑ったワタシは二人を博物館に残し(せいもく氏には是が非でも展示物を見てもらわねばならない!)、急ぎタクシーで空港のバス・ターミナルへ戻ったが、当然のことながらすでに、我々が使っていたカートは乗り場には置かれていなかった。 さてどうしよう・・・こういう時にここでは誰に問い合わせれば良いのか・・・。

 まず最初にワタシは空港エントランスに一番近い案内所へ行き、荷物をカートに置き忘れたらしい旨を伝えたが、この案内所は単なる「観光案内所」だったので、この空港の運営会社事務所を案内された。 空港会社事務所の受付カウンターというものが2階にあり、国際線と国内線を結ぶ通路にあるらしい。 乗り入れている各航空会社の事務所が並んでいるプロムナードだ(2012年正月の時点での話)。

 すぐに見つけたその空港運営会社のカウンター「FINAVIA」で、やはり荷物をカートに置き忘れたらしい旨を伝え、応対してくれた屈強そうなオッチャンも「そりゃ大変だ」と気の毒がってくれたが・・・いや気の毒がってくれというんではなくて、具体的にナニをどうすれば良いのか教えてくれ、と言いたくなるようなやり取りだった。 やがて空港での遺失物や一時預かり品を扱う会社「LÖYTÖTAVARAPALVELU」の事務所が地下にあるから、そこで聞いてみればどうだと言う。 やれやれ今度は地下かいな、と踵を返そうとするワタシに向かってサムズアップして「見つかるといいネ!」と言ってくれるが・・・根本的に「単純な遺失物相談」という対応をしたことがないのかこの空港!?と思わず日本語でツブヤキながら、今度は地下階へ向かった。

 地下のその事務所というのは、荷物の一時預かり所も兼ねている所だというので、察しはついていた。 ずいぶん前から一度利用しようかと思ったことのある場所だったからだ。 しかし受付のオバチャンに話しても、そんなリュックは届いていないと言う・・・。 そしてもしも後日そのような荷物が届けられるとしたら、ヘルシンキ市内の本社になるから、後日連絡をしてみたらどうかと、名刺をくれた。
 しかしまぁ、もしかしたら今は「まだ届けられていない」だけで、もう少ししたら届けられるかも知れない・・・という何の根拠も無い薄い希望を持ちつつ、しばらく辺りをうろつき、とりあえず喫煙所で一服し、ついつい映画「ターミナル」のトム・ハンクスを思い出しながら、先ほどの2階の空港事務所「FINAVIA」へ、「地下には・・・無かったよ」と伝えるべく戻った。 先ほどの屈強そうなオッチャンが出てきてくれて残念がってくれたが・・・もうこれ以上はお手上げみたいだ・・・だ・か・ら、こんな観光立国みたいな国の国際空港で、ガイジンの遺失物相談って受けたことないのか!?

 ややあって再び地下の事務所に戻ったが、やはりリュックは届いていないという。 あー、やれやれ・・・ここまでか。 この窓口の斜め向かいにはフィンランド航空の事務所がある。 ひょっとしたら、ココならなにか具体的な善後策を教えてくれるかも知れない、ということで窓口に立つ。 2つ窓口が開いていたのだが、どちらにも先客があり、なにやらあーだこーだとやっており、時間がかかりそうだ・・・。
 律儀にも順番待ちの番号札を取り、窓口前のソファーに腰掛けた。 やれやれ、久しぶりに腰掛けたなぁ・・・もう1時間ばかり右往左往していた。 そう、こういう時にパニックになっては更に良くないんだ。 せいもくさんとヨメはどうしてるだろう・・・と、連絡を取ろうにも、今回の旅の新兵器:現地で使えるNOKIAの携帯電話は・・・リュックの中だっ!(泣)

 どれほど待っただろう、先客が一人立ち去り窓口からワタシの番号の呼び出しサインが出た。 ワタシは「実は・・・」と切り出した。 応対してくれたフィンエアのグランド・アテンダントは、やはりまず空港事務所に聞いてみればどうかと言う。 一応その事務所に内線電話で「こんなヤパニライネンがいるんだけど」みたいなことをフィン語で問い合わせてくれたり、そのフィンランド人女性スタッフは親切に対応してくれた。 でも「FINAVIA」にはもう行って、斜め向かいの会社の事務所を案内されたんだよ・・・もはや万策尽きたか・・・kiitosと言って踵を返し、途方に暮れて再びソファーに腰掛けた。

 デジカメを無くしたぐらいなら途方に暮れていてもいいだろう。 しかしパスポートを無くしているのである。
 これからオレはどうなる? 国籍も戸籍も無くし、流浪の民となって極北の異国の地で一生を終えるのも悪くはないなぁ・・・・・・しかしなんとか食い扶持を得るべく、着の身着のまま道端で日本語で歌でも歌って小銭を稼いでいたら、どっかの芸能プロデューサーの目に留まったりして・・・思わぬ展開で「過去を無くしたまったく新しい自分」として新たな人生が始まるのかも知れない!そのうちTVや雑誌で「ヘンなガイジン」として紹介されて・・・・・・などと、こういう時にアホなことを考えられる能力というのは大事なことである(か?)。

 ・・・だとしたら・・・そうだ、こんなところでいつまでも途方に暮れている場合ではない。 パスポートを失ったからには、現段階でのワタシの拙い英語や片言のフィンランド語では埒があかない。 フィンランド航空には日本人スタッフがいるはずじゃないか。 今ここに日本人スタッフがいないか、フィンエア事務所の窓口へ戻り、先ほどの女性スタッフに「日本人スタッフはいないか?呼んでくれないか?」と聞いてみたところ、すぐに内線で呼び出すアクションを起こしてくれた。 ややあってようやく捕まったようで、「しばらくしたらココに来るからちょっと待ってて」と言ってくれた。 Kiitoksia!

 再びソファーに腰掛け途方に暮れていると、日本人女性スタッフの方が来てくれた(良かった!日や時間によっては日本人スタッフが居ない場合もあったろうに)。 ここ2時間弱、稚拙な英語能力と片言のフィン語で頭をフル回転させていたので、細かい事情が日本語で話せる相手の出現に心底ホッとした! 彼女はM田さんというのだが、M田さん曰く「この空港って『遺失物預かり所』というのが無いんですよねー」とのこと。 たぶんこの手の「なくしもの相談」の日本人旅行客を何人か相手にされたことがあるんだろうなぁ(大変なお仕事だ)。
 本当にパスポートを失くしてしまったとなると、まずはa)警察署(空港ビルの隣に隣接していることを今回初めて知った)で届出をしてb)明日すぐにでもヘルシンキ市内の日本大使館で臨時パスポート(有料)を発行してもらう必要があります、とのこと。 初めて具体的な善後策を聞くことができた! 念のため現場となったバス・ターミナルへも同行していただき、現場の係員に尋ねてみるといったこともしていただいた。 この寒い中で!(この正月は暖かかったが、それでも氷点下かそれに近い)
 博物館へ行く時に乗った路線バスに置き忘れた可能性も捨て切れない(情け無いことに完全に記憶が曖昧になっている)ことを言うと、その場で親切にもバス会社に問い合わせもしていただいた。 休日でも開いている別の営業所へも連絡を取っていただいた(「問題の荷物は日本人の青いリュックだ。見つけ次第確保せよ」ということも含め、全部フィンランド語で!素晴らしい語学能力!嗚呼うっとり!)。 しかしバス会社にリュックは届いていない。

 とりあえず博物館で待たせているヨメとせいもく氏をバスで呼んでこなければ。 M田さんもそうだと言って、各所に連絡を取りつつ、このバス・ターミナルで待っていてくれるという。 博物館の閉館時間直前になっている(今年の新年、閉館時間は午後5だった。しかも午後5時にはすっかり日が沈んでいる!)。
 因みにこれもM田さんが教えてくれたことで初めて知ったのだが、この路線バスのチケットは1時間以内ならば往復利用OKということで、急ぎ博物館へ向かい二人をとにかくピックアップ(・・・閉館時刻になって二人とも外へ出されていた)、そのまま復路のバスに乗り込んだ。

 再び空港バス・ターミナルへ降り立った我々は、待っていてくれた、いたいけなM田さんと(!)合流。 「路線バス営業所には、とにかく忘れ物を発見したらキープして連絡をくれるように言っておきました」と言ってくれる。 ・・・惚れてまうやろっ!!

 当初の明日の予定では、我々はティッカコスキへ行った後タンペレで宿泊する予定だったのだが、ワタシだけはヘルシンキ市内の日本大使館で諸々の手続きをしなければならないことになったこと、ティッカコスキの空軍博物館へは、ヨメがせいもく氏を案内すること、などを話し合いつつ、スーツケースを手にしてバス・ターミナルを一旦去ろうとしていた。
 我々が降りたバスの後ろにまた別の路線バスがやって来る。 交通量は多い・・・・・・が、後からやってきたそのバス「61番」の運転席でなにやらオーバー・アクションの人影がある・・・運転手だ。 M田さんが大騒ぎを始める・・・何事だ。 そのうちヨメの「絶叫」が聞こえる・・・
「アッターーーッッッ!!!!」

 ・・・うちのヨメの、あんな歓喜の黄色い絶叫を聞いたのは初めてである。
 なんと、我々の後からやってきた路線バスの運転手が、ワタシの青いリュックサックを片手に、コレだコレだと大きく振っていたのである!! そう・・・おりしも「61番」のバスが路線をちょうど一周して空港に戻ってきたところだったのだ!
 ワタシも思わず、運転手のオッチャンに抱きつかんばかりにバスに駆け寄った。 M田さんも大喜びで運転台に乗っている。

 座席に置き忘れられていたワタシのリュックを見つけて確保しておいてくれたのだ(誰か他の乗客が運転手さんに預けてくれたのかも知れない)。 そして、なんでもこの運転手のオッチャン、「二回ほど日本に行ったことがある」らしく、ワタシのリュックにぶら下がっていた、ある「日本製のキーホルダー」に気がつき、「あ・・・コレはさっきのヤパニライネンの客の荷物に違いない!」と思ったのだという。

 中身を確認したが、デジカメはもちろん中身はちゃんと揃っている。 もちろんパスポートもそのままだ!

 普通の路線バスなのだから、これが日本やその他の国であれば、「そのまま帰ってくる」という確立は残念ながら低いことだろう。 ワタシは今回の事件で、改めてフィンランドの治安の良さを確認すると同時に、そこに暮らす善良な人々への感謝の念を新たにした。
 親切で善良なバスの運転手のオッチャンに深々と礼を述べてバスを降り、そしてお騒がせしたフィンエアのM田さんにも心底から礼を述べた。

 「(ヨメのスーツケースのキャスターが壊されたことなんかどうでもいい。 機内食のデザートがキットカットでも文句を言いません。 決してアエ○・フ○ートに乗り換えようなんて思いません)フィンランドへ飛ぶときは一生フィンエアにします!!」・・・思わず彼女にそう言い放ってしまった(←大泉さん風に)。

 フィンランドの善良な人々と、フィンランド航空のM田さんに心からの御礼を述べたく、ここに記特記しておく。


 そして無事にこの後も我々は旅を続けたのである(そしてまた親切なサマリアンに助けられることになったのだが・・・それはまた次回の講釈で(?))。
↑これが問題のワタシのリュックサック。
もともと、○BMのThink○adを携行するパックなのだが
これがなかなか使い勝手が良い。
もう何度もコイツを相棒に渡芬してきた。
ずいぶん前からこの「日本製キーホルダー」をぶら下げている。
ヤパニライネンの写真が、フィンランド人にも識別できる。
これが「○ッキーマウス」「○ティちゃん」
「ピ○チュー」とかだったら、完全に国籍不明だったろう。

えりーーーっ!!
2010年12月15日を以ってモーニング娘。を卒業した亀井絵里さん。
来日経験のあるフィンランド人だからといって
「Morning Musume。」を知っていたのかどうかはともかく
「さっきの日本人の持ち物だ」と察知させてくれた、まさに「キー」ホルダー。
横アリの卒コンでも大いに感動・号泣させてもらったが
今までに、これほど「えりを応援していて良かった!」と思ったことはない。
2012年1月3日のヘルシンキ=ヴァンター空港に大きな声が響いていた:
「絵里を応援していて良かったーっ!」
助けてくれて・・・ありがとう、えりりん!
(?)

 ヨメが歓喜の絶叫を上げていた理由は、最愛の人のパスポートが入ったリュックが見つかったということではなく、「別に行きたくもない、ワケのわからん空軍博物館を案内する役目が回避されて良かった」という安堵感からであったようだ(!)。
 せいもく氏にも本当にご迷惑をお掛けしました(この後日の「事件」でも・・・)。 滅多に経験できない旅をお約束します:「あんてーくし!旅行代理店」・・・(今回の旅の概略は「旅行」のコーナーでも紹介)

(「本当の」良い旅行は、北欧の翼:フィンランド航空でどうぞhttp://www.finnair.com/JP/JP/japan←日本支社サイト。もぅ宣伝しちゃう。でも、なんでもかんでもフィンネアの日本人スタッフを頼りにすれば良いと思ったらイカンぞ!  正月早々「自分個人のせいではないのに」飛行機の遅延のクレーム対応をさせられていた挙句に、いやな顔ひとつせずワタシの騒動に巻き込まれてしまった>M田さんには、ボーナス支給してあげてください>finnairさん!)  (か)


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