ビールのラベルによって彩られた、ブルーステルBW-393号機の撃墜マーク。
まさにそれと同じ「KARJARA」のボトルをゲットした我々取材班であったが・・・・・
しかし、
ここに至って事態は急変!


なんとステンマン氏が、
「あの撃墜マークは
"Lahden Erikois Olut"ビール
のラベルだよーん」

と言い出したのだ!!

 (え゛え゛え゛えええ、「かるやら」や言うてたやんっ!!??(*o*))


 ステンマン氏のこの(驚くべき)新たな解説は、2002年に英国Ospreyから出版された「Lentolaivue 24(※資料1)」p.69の「例のツーショット写真」に付けられたキャプションである。 そこには「KARJARA」の名はなく、「lahden erikois I beer」とあるではないか(!)。 そして2005年にはこの本の邦訳版「フィンランド空軍第24戦隊(※資料2)」が発売になり、日本語でもそのページを手軽に読めるようになった(←「気軽に」読めるようになるのも良し悪し!?(~~;))。
 さらにこのページには、「ルーッカネン自身がこれら17本のビールを飲み干したのか、あるいは僚友がこの『任務』の達成を助けたのか(^^)の記録はない」という踏み込んだところまで記されている。
 しかもこの本には、「ビールラベル付き」BW-393号機のカラーイラストも掲載されており(おぉっ!)、その塗装は「白地に赤い模様」でゴニョゴニョと描かれている。

 さらにステンマン氏のホームページにおいて、2004年6月14日に更新された「theme number 14(※資料7)」(BW-363号機の履歴をまとめたページ)でも、件の写真のラベルに関して、同じく「lahden erikois I beerだ」とキャプションが付けられた。
 90年代に解説されていた『カルヤラ』はいったい!? 「なかったこと」に!?・・・・・まったく。 言ってくれるゼ。 どーゆーことよ。


 で、再び例の写真を、ルーペを使って穴の開くほど見つめてみると・・・・・なんとまぁ、
そぉ言われてから見ればねぇ!

 かろうじて・・・しかし確かに(!)、「KARJARA」ではなく「ERIKOIS」の文字が判読できるじゃないか!!(円形中央部の帯の中を横一文字に走る文字。写真は「フィンランド空軍第24戦隊(※資料2)」p. の写真を部分的に(無理矢理)拡大したもの)

 さてさてこれからは、この「LAHDEN ERIKOIS(ラハデン・エリコイス)」という銘柄のビールを探さねばならなくなった(はぁ・・・やれやれ)。

 しかしそんなビールは今までフィンランドの街中で見かけたことがなかった。 私が酒を飲まない人間なので単に気に留めていなかっただけだろうか?  しかし多忙のため(いや経済的事情で(--;))フィンランドの酒屋さんへ、調査のためにホイホイと飛んで行くことが出来ず悶々としていた。


 しかしそんなこんなの2005年の春、おりしも仕事の関係で初渡芬されることとなった、我が家の近所の模型プロデューサー氏と、ヘルシンキの模型雑誌編集長氏に、(取材のついでに)問題のビール探索ための日芬合同調査を依頼(!)。 この絶好の機会に、吉報を待つことにした(・・・ご面倒かけますぅ)。
 ところが、
この(ヘルシンキじゅうを駆けずり回った)友人らからの調査結果によると・・・・・なんと件の「LAHDEN ERIKOISビール」の製造元はすでにこの世になく(!)、90年代に一時的に、製造元を変えた復刻版が出回ったことがあるが(かつての製造元の倉庫から、往時のラベルだけがまとまって発掘されたらしい)、それとて今はもうどこの店頭にも残っていないだろうとの報告がもたらされたのだった!(オーマイガーーーっ!!)。

 またこの現地調査の途中で出会ったという、フィンランドのビール事情と「LAHDEN ERIKOIS」の顛末について(やたらに)詳しい、あるヘルシンキの酒屋のオヤジの話では、「フリーマケットやら蚤の市、オークションサイトなんかで、たまに出ることがあるみたい」とのことだという(ヨーロッパ、特にドイツではビール瓶やラベル専門のコレクションなんてものが、けっこう盛ん(!?)らしい)。 ヘルシンキ郊外でも比較的規模の大きいフリマが毎週のように開催されているのだが、毎週ヘルシンキに通うわけにはいかない(当たり前だ!)。
 この日芬合同調査班の結果を受けて我が家ではその日以来、海外オークションサイトで「LAHDEN ERIKOIS」などと検索ワードを打ち込む日々が続くことになった。

※:因みに、フィンランドにおけるこの貴重な「珍道中」もとい「日芬合同調査」については別項、高田氏書き下ろしによる紀行文(?)を執筆していただくべく依頼中である!(^^)


 さて、問題のビールが「LAHDEN ERIKOIS BEER」であることが確実となり、しかしすでに入手困難になっているそのラベルを求めて、web上の国内外を探索していた矢先のこと。

 チェコの簡易インジェクションキットのメーカー:クラシック・エアフレームClassic Airframe社から、1/48スケールのB-239バッファロー(フィン空仕様!)が発売となり、それが日本にも上陸した。(正規輸入代理店経由のものよりも、平行輸入で仕入れたお店のものの方が「遥かに安い」という、少し前では考えられないような事態を経つつ(!))

 これまでT社のB-339のキットをB-239に改造するための、幾多の改造パーツが世界のあちこちから発売され、多くのモデラー達の「いつの日か作ってやるんだっ!」という意気込み(ばかり(~~;))を生み出してきたのだが、クラエアのこのキットの発売により、ようやく「箱の中のものだけ」「素組み」でヨンパチのフィン空B-239が出来あがるようになったのだ。
 まったく、フィン空ファンにとっては長い道のりだった。(いつまで経っても、T社がバリエーション展開してくれなかったお陰で(!))


 そしてなんと、このキットに付属するデカールシートには、ルーッカネン少佐が第24戦隊を去る直前の仕様のBW-393号機を再現できるデカールがセットされているのだ・・・そう、尾翼に輝くあのビール・ラベルが!!(しかも18個!・・・・・1個はサービスですか!?(~o~))

 しかし・・・・・
 その色は・・・・・
 「黄色(金?)の縁取り」(22a)の上に「赤と黒のゴニョゴニョ」(22b)を貼り付けろとの指示・・・・・。

 今までの資料では「白地に赤いゴニョゴニョ」のイラストしか見られなかったのだが・・・果たしてこれが最新の考証と解釈による、正しい配色だと判断していいのだろうか??
 このデカールの根拠はいったい、どこから!?!?(←考証趣味のイヤ味な一言!(~o~) いやはや、そこまで気にしなければもっと模型を完成させられると思うのだが・・・やめられないのだ(~~;))

 部隊マークや個人エンブレムといったものを機体に描き込むことを好まなかったと言われるルーッカネン隊長(←※資料1/資料2の記述による)。 故に彼が乗って戦っていた頃のBW-393号機には、有名な「山猫マーク」も(例外的に)描かれていなかった。 問題のビールラベルによる撃墜マークも、(撮影日から考えても)部隊を去る直前の、単なる「記念撮影のためのスペシャル・デコレーション」だったように思う。

 そういえばこの「装飾」は、垂直尾翼の片側(左舷側)だけだったのだろうか(クラエアのキットのデカール指示もそうなっているが・・・もしも両側に施していたのだとしたら、ビールは34本空けなければならなかったことになる!(~~;) 「問題のツーショット写真」を右舷側から撮影したものは見たことがない)。

 ・・・疑問は膨らむばかりだが、いずれにしても「ラハデン・エリコイス」ビールのラベルを見てみないことには、その色についてハッキリしたことがわからない。 ここはひとつ、フィンランド現地へ飛んでビールを買って来る・・・いや、調査を行う必要がありそうだ。



・・・しかしこのキットを手にした時すでに、
ビール瓶1本を巡る驚くべき事態が
水面下で進行していたのだった!!
衝撃の展開と結末は・・・


次回!!


※ 主な参考・引用資料


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