フィンランド空軍フォッカーD-XXI主翼のスリット?スラット?スロット?考察
Suomen Fokker D-XXI:n SLIT? SLAT? SLOT?


 フィンランド空軍の使用した合計97機のフォッカーD-21戦闘機(フィンランド軍通称「フォッケル」。「実機写真集」内「フォッカーD-XXI」(工事中!)参照)には、各機体毎/時期毎によって、個体の特徴的な部分が散見できる。最初の7機(I sarja=第一シリーズ)はオランダから輸入したものだが、その後の機体(90機)はすべて、フィンランド国内でライセンス生産されたものである(II〜V sarja=第ニ〜第五シリーズ)。
 こまごまとしたフィンランド独自の工夫や追加装備が施されていた(やはりライセンス生産していたブリストル・ブレニム(ブレンヘイム)爆撃機に使用するエンジン「マーキュリー」を確保しておかなくてはならなかった結果として、プラット&ホィットニーのエンジン:「ツイン・ワスプ」を搭載することになったIVおよびV sarja(通称「Waspi(ワスピ)」)は、まったく別の機体と言っても良いほど改設計されている)のだが、特に面白いところでは、1941年10月以降(?)の写真において、主翼前縁近くに穴(というかスリット)が開けられた機体と、そうでない機体が混在していることが見受けられるのである。

 このことに気付かされたのは、かつて(2002年春頃)「河馬之巣」かば◎氏から発せられた疑問によるものであった(その夜かば◎氏と私は、なぜかベトナム料理に舌鼓を打ちながら(特に絶品の生春巻きに感動すら憶えながら!)、フィンランド軍の話などしていたのであった(!))
 その疑問とは、「(フィンランド軍の)フォッカーD-21の翼に、ヘンな穴が開いてる機体があるよねえ。なんだ、アレ?」というものであった。その時は私もそんなことには、ついぞ気がついておらず(毎度の事だが、氏の着眼点の鋭さには感服する)、「恐らく、国内生産した機体とその補修の結果かな?なんでもアリだから、あの空軍!」という実に無責任な返事しか出来なかった(!)。

 そんなことがあって暫くしてから(「主翼の穴」のことなど忘れた頃)、がらんどう氏により、「チェコのMPM社から『1/72 Fokker D-XXI "III sarjan Suomi"』なるモノが発売予定!」という内容を含んだ情報がもたらされたこともあり、フォッケルが「河馬之巣」で話題に登った。2002年9月のこと、私は「III sarjan」が「(生産)第三シリーズ(の)」を意味することなど絡めつつ、その話題に参加していた。そしてそこにおいて改めて、かば氏から公に「あの疑問」が発せられたのだった:
 
(前略)
・・・主翼にスラットのあるものと無いものとがありますよね? オリジナルのD21にはないので、これはフィンランドで導入された改良点だと思うのですが、これが『sarjan』の見分けになったりするんでしょうか?
 

 フォッケルに関する資料でまず真っ先に手に取る資料といえば、「Suomen Ilmavoimien Historia」シリーズ「(3A)Fokker D-XXI(mercury)」と「(3B)Fokker D-XXI(wasp)」であろう(以後、「SIH:3A」ないし「3B」と表記)。往時の機体の写真を、最も多くまとめて見ることが出来る。
 私は「穴(←かば◎氏が「スラット」という呼称を使ったことに留意)の有無」に何か規則性はないものかと、「SIH:3Aおよび3B」の写真を見た結果を書き込んだ。
 しかし結果としては、「III sarjaのFR-○号機だから、無い」とか「IV sarjaのワスピFR-×号機だから、有る」とかいう法則がまったくなかったのである。同書にはそれについての記述もない。
 ただし、特徴として少なくとも次のことは言えよう(やはり「SIH:3Aおよび3B」の写真を検証された、かば◎氏と私との統一見解)。あの「謎の穴(スリット/スラット)」は:

 ・ フィンランドで生産した「II sarja」以降の機体でしか、存在を確認出来ない
 ・ マーキュリー型/ワスプ型にかかわらず、「有る」機体には「有る」
 ・ しかし同一の機体でも、時期によって有ったり無かったりする
(3B-p30&31のFR-157)
   ↑1941年9月には無く、11月には有ることを指す
 ・ その存在を確認できる最古の写真は、1941年11月(3B-p31のFR-157、p41のFR-148)
   ↑後に実は最古の写真は、「1941年10月のFR-156」(3B-p54)であることを確認した

 。。。ということから、かば◎氏の導き出したのは、

 ・ したがっておそらくそれ以降、マーキュリー/ワスプに関わらず、残存機に逐次改修翼が装着されていった

 。。。というものである。しかしながら私としては、

 ・ 別に、無くても構わない(!)

 。。。というところがなんとも、腑に落ちないというか、可笑しくて仕方がなかった。恥ずかしながら私には、航空工学や流体力学といった知識や理解がまるで無いので、あの「スラット(穴/孔/スリット)の正体」に関してはまるで答えが出せなかった。フィンランドのフォッケルが、「極寒の低高度での空戦ないし地上襲撃で大活躍した戦闘機であった」という特徴から、苦し紛れに、

 ・ 地上襲撃の際、なんらかのダイブブレーキ的な役割を果たすんではないか
    (↑スリットからブレーキ板か何かが飛び出して来るのか?)
 ・ あのスリットから「不凍液みたいなものがドバチョと出て来る」んではないか
    (↑噴出口であれば、それが前縁にあるわけでもなく、位置的に不自然)
 ・ ノッペリした翼には、ああいうアクセントを付けた方が「ちょっとカッコイイ」から
    (↑言語道断!)

 などという幼稚な(アタマ悪そーな)想像をしていたのだが、かば◎氏もそんな私に同情して、

 ・ あの下にオイルクーラーが導かれていて、蒸気が噴き出して翼の上でサウナが出来るんではないか

 という実にセンスのいい、アホな想像でお付き合いいただいた(!)。
 しかしさすが、BBSという公の場である。どんじ氏(←この方の博識にも脱帽する)から、こんな説が寄せられた:
 
 思うにただでさえトップヘビーで失速特性が悪そうな飛行機ですから、ワスピにしたらさらに突然アタマを下げたりするクセが付いたので、これはとすがる思いでスリットつけてみたらけっこう良かったので、 ついでにマーキュリー搭載機にも付けちゃいました、とか思ってました。

 後でメルスを見て、「ほれ、スリットで正解だねん」とみんなで納得 したのかもしれません(妄想陳謝)。
 

 論理的! 非常に得心のいく説である。同時に氏には、チェコのKORA-models製「フォッケル・ワスピ IV sarja」の1/72キットにはエッチングパーツで(!)、例のスリットがパーツ化されていることもご確認いただいた(実は私も所持しており、改めて手元のそれを確認したところ、スリットの開いたエッチングパーツをはめ込むための翼に凹モールドがあるのだった。そのままでは「孔」として開口していない)。
 まもなく立て続けに、かば◎氏からのレスポンスとして:
 
 あのスリットは上下に開口してますし、正体はスラット……というのは動かないとスラットと言わないのか。とにかく、たぶん迎え角を大きくした時の失速特性を良くするためのスロットだと思うんですが……。メッサーだと前縁に可動式のスラット(こっちは確実にスラット)が付いてますが、要するにアレの固定のヤツ。って書いてる間に、どんじさんの同様のresが(笑)。

 スリットだのスラットだのスロットだの、ほんとにもう(笑)。
 

 ここで私のアタマも、「スリット」と「スラット」と「スロット」という単語の意味を整理しておく必要がありそうだ(!)。

「スリット」
=文字通り、「細長い切り口」「割れ目」「孔」を意味する一般的な英単語。
 因みに件のフォッケルのスリットは、上下に貫通(開口)した「孔」であることが、写真からも見て取れる。
「スラット」
=高揚力装置のひとつ。主翼前縁部から張り出して、低速飛行時に主翼上の揚力を増加させる効果があり、固定式と可動(スライド)式がある。これと同じ役割を果たす、翼後縁に取り付けられた装置である場合は、「フラップ」と呼ばれる(ややこし!)。
 因みにメルス(メッサーシュミットMe109G)は翼面過重が高く、失速速度も高い(「低い」というべきか?)ために、主翼前縁にスラットが設置されたのだそうだ(事実、フォッケルも同様に、離着陸時に危険な「クセ」を持つ飛行機だったそうであり、そのための事故が多かったらしい)。
「スロット」
=先の「スラット」と主翼の間に生じる、隙間のことを差すそうだ。この隙間に入る空気を多くすることにより、主翼上に沿ってジェット気流を起こし、通常以上の揚力を得ることが出来るらしい。故に(かば◎氏の言うように)、迎え角を大きくした時の失速特性が安定するのだそうだ。

 フォッケル以外にこのようなスリットが増設されたりした機体はないものかと、手持ちのフィンランド空軍機の写真集を色々と見ているうちに、あることに気付いた。
 輸入または捕獲したその他の戦闘機では、この「謎のスリット」が増設されたものがない。しかし唯一見つけられたのは、ソ連から捕獲したLaGG-3戦闘機「LG-1」号機である(フィンランド軍の国籍マークと三色迷彩が施された、1943年秋撮影の機体の写真で、フォッケルのそれと同じような位置にスリットが開いているのだ!)。
 しかしフィンランド国産機の写真に目が移ったとき、そこで、同一機種でも、「謎のスリット」が「有る機体」と「無い機体」がある機種を見つけたのだった!
 つまり、フィンランド国産の「Pyry」(便宜上「ピリ」と表記)高等練習機の翼にも、なんとフォッケルと同じようなスリットが「有る機体」と「無い機体」があるのだ! 「ピリ」の試作機が飛んだのは1939年のことであり(当然、初期にはスリットが無い)、その後1962年まで使用されつづけた機種である(「実機写真集」内「ピリ高等練習機」参照)。その間にスリットの増設された前例を持つ機体があったことにより、「謎の孔」にはそれなりの必然性のあることを認めざるを得ない(「別に無くてもよい」というモノではないのだ!)。

 そればかりか、それまで気付かなかったのだが、なんと「ミルスキ」戦闘機の1機にもスリットが存在する機体があったのだ(1944年月撮影のMY- 号機。「第2航空団写真集」(大日本絵画)p.またはその原著「LeR2」p.参照)。自国生産の単葉機に、次々と孔を開けている!
 翼に孔を開けると、そんなにいいことがあるのか、
 フィンランド人よ!?



 。。。。。さて、(唐突に)結論。
 証言や確証を得たわけではないものの、論理的に考えて「孔」の正体は、どんじ氏やかば◎氏の言うように、
 固定スラットがない代わりの、スロットの役割としての、スリット
という答で間違いないものと、私は考えている。
 では、実際にはこの「孔」はどういう構造をしているのか。ヴァンターの航空博物館には、ピリ練習機が現存していることを思い出し、その後渡芬した際に、現場でその主翼のスリットを注意深く見てみた:
 。。。注意深く見たところで、単に筒抜けの「(あとで無理矢理開けてみました、みたいな印象の)孔」である。このスリットの内側にはなにか細工が施されていないのかと、手を突っ込んでみたのだが(!)、ただホコリが積もっていたばかりで写真の通り何もなかった。ツンツルテンであった。ただしそれは、水平に対して45度ぐらいの傾斜面になっていた。

 フォッケル97機それぞれ、どの機体にいつ、「スリット/スラット/スロット」が装備されたのか(されなかったのか)については、別途「フィンランド空軍のフォッカーD-XXI各機の仕様考察」の頁にて一覧していただきたい。


と突然、「スリット/スラット/スロット:その2」発生!(^o^)


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