夢中暦200307.20

【2003年7月20日に挙行した「探検隊シリーズ第二弾:富士学校編」の記録です。以後は、田中信夫氏の声でお読みください】

これが陸上自衛隊、最新・最強の装備だ!!
戦車が疾走・榴弾砲が炸裂!最終兵器「ゲキマンジュウ」を食らう!!


 。。。静岡県の最東北部、御殿場市と小山町。 1市1町で人口約10万6千のこの地域は、富士山と箱根外輪山の間に広がる緑豊かな高原地帯である。 そして陸上自衛隊やアメリカ海兵隊の演習場や基地が点在する。 その中のひとつに「陸上自衛隊富士学校・富士駐屯地」がある。 毎年各地で行なわれる「駐屯地祭」と同じく、ここでも今年は「開設49周年記念行事」として、7月20日日曜日に大規模な行事が行なわれるという。
 このイベントに際して、我々の日常生活では考えられない、また尋常ではない体験をすることになるという、驚くべき情報がマクタロウ氏からもたらされた。 この富士駐屯地には、教育部隊であると同時に精鋭機甲部隊でもある「富士教導団戦車教導隊」が配備されている。 そんな戦車部隊による「非日常的体験」とはどんなものなのだろうか!?
 かつて一週間前、千葉県市川市において「伝説のパラダイス:ダイケーエン」(「探検隊シリーズ」第一弾)の謎を暴いた我々取材班が、この情報に腕をこまねいている訳にはいかない。 今回はマクタロウ氏自らが隊長として出動するほか、かさぱのす隊員(元「大慶園編」隊長)・せいもく隊員(「大慶園編」からのベテラン隊員)が再び結集した! そして初の女性隊員:マクノスケ隊員(その知識と経験は今回のメンバーの誰よりも豊富だ)・ちぱ隊員(。。。シロウト。カタギの代表)が参加する計画となった。 しかしミッション当日に不幸にも、マクノスケ隊員が体調不良で脱落。 残念ながら4名となった我々探検隊だが、いま再び未知の世界へと勇敢に踏み入る!
 前日からJR三島駅前に宿泊した我々は、早朝、隊長自らの運転するジープで富士学校に向けて出発した。
 そして1時間ばかり山間の道路を走ったころだろうか、目的の地「富士学校」がついにその全貌を、我々取材班の前に現した!

【以下の写真コマは、「左群→右群」の順に下に向かってお進みください】
我々取材班が正門の警務隊員から手渡された
案内リーフレット。
手にして見るとそこに描かれた書体はなんと、
「まるもじ体」だ!
単に国防軍としての存在であるにもかかわらず、
この国ではその存在そのものを問題視されることも
少なくない、この自衛隊という組織の
「なんとか友好的に国民と親しく接したい!」
という前線部隊の意識の一端が、
こんなところにも現れているようだ。
涙ぐましい。
リーフレットに描かれた、富士学校の会場案内図。
「ふれあい広場」と称されたグラウンドから探索を開始する。
そして探索開始早々、忽然と現れる
歴代装備車両の数々!
自衛官の家族のみならず、地元の行楽客とも呼べる民衆で
すでに辺り一帯は大賑わいである。
この行事は地元民族にとって、
なんら軍事的思想的意味合いを持つものではなく
どうやら単に「カゾクサービス」と呼ばれる祭りの場のようだ。



我々取材班は早速これらの車両の検分を始めた。
探検隊の好奇心をくすぐって止まないモノだらけだ。
砲兵装備に目のない、かさぱのす隊員がまず惹かれたのは
105mm榴弾砲M2A2と、155mm榴弾砲M1A1だ。
米軍から供与されていたそれらは、
第二次大戦中に使用されていたものと同じものだ。
105mm砲はイタレリ社がM1A2型を模型化している。
しかし写真を現像してみると、
ディテール写真しか撮影されていないことに
愕然とした!
さらにその隣には
75mm軽榴弾砲M1A1が。
かつてタミヤから
なぜか突如としてこの砲のメタルキットが
発売されたことがあったので
「パックハウザー」という知名で
知るひとも多いであろう歩兵砲だ。
8つに分解して搬送することができた。
これもやはり大戦中には米軍装備だったものだ。



次に実際に手で触れてみたのは
60式自走無反動砲だ。
お菓子のオマケにまでなってお馴染みの車両であり
日本独自の装備であったにもかかわらず、
いまだプラスティックモデルとして製品化されていない、
かつて普通化(歩兵)部隊の直協として頼もしい存在であった車両だ。
その小さな車体に反比例する、威圧感のある2門の主砲の存在感に、
我々取材班はしばし圧倒されていた。
しかしその警笛(ホーン)の形状に思わず息を飲んだ!
KVなどソ連戦車のそれと
酷似しているではないか!
そして
軽戦車 M24チャーフィー
戦後まもない1950年代、
まだ自衛隊が「保安隊」と呼ばれていた頃、
米軍から供与された戦車である。
第二次大戦末期に出現した軽戦車だが、
「軽」とは言え、人間を圧倒するに充分な存在感だ。
ふと見ると、キャタピラの履板に2種類あることに気付いた。
両端に孔のあるものとないものを、混ぜて履いている。
さらにその隣に、やはり米軍供与の戦車が続いていたが、
それはM24をはるかに上回る背の高さだった!



圧倒的な巨大感を以って現れたのは
中戦車 M4A3E8シャーマンだ。
通称「イージーエイト」とも呼ばれる、
第二次大戦末期と朝鮮戦争における
76mm戦車砲を装備した
米軍の主力戦車だったものだ。
かつてフィンランドにおいて、
75mm砲装備・VVSSサスペンションのシャーマン
と遭遇したことのある
かさぱのす隊員も、「中戦車」とは言えこの
HVSSサスペンションを持つ
大型砲塔のシャーマンの
背の高さには驚嘆の表情を隠せない!

さらに隣の車両も米軍供与だった。
戦車回収車 M32
M4シャーマン戦車の車体を流用した
ARV(Armored Recavary Vehicle)だ。
シャーマンと言えば大戦中に大量に生産され、
今なお世界各国で保存されているとは言え、
日本国内においてこの
古いタイプの転輪ボギーに触れられる機会は貴重だ。
ベースとなっている車体の形式が違うが
イタレリ社の模型でもお馴染みの車両である。
と、その時
「あれを見ろっ!」
せいもく隊員が指差すその先に見たものは、
誘導輪径を測る謎の人影!
ハタから見れば、自分達もああいう格好をしているのだな、
隊員たちはそう思いながら静かにその様子を見守った。
特にかさぱのす隊員は目に涙さえ浮かべている。



さらにその隣に、怪獣映画で慣れ親しんでいる物体が
在った! 戦後初の国産戦車、
まさに「ニッポンの戦車」 61式戦車だ!
せいもく隊員とかさぱのす隊員がよじ登る。
実際に触れてみたそれは、よく言われるように
アメリカの戦車と旧日本軍の戦車とを、
まさに足して2で割ったような印象だ。
砲塔上面右舷に位置する車長キューポラ。
すべてが絶妙な三次曲面で構成された、
その異様な形状のデザインに唖然とした!
さらに砲塔側面の手すりを見ると
荷物を引っ掛けるフックが!
戦車という乗り物は想像を絶するほど揺れると言う。
荷物を手すりに縛り付けるだけではなく、
このフックをさらに装着するのだ。
立派なフェイルセーフシステムである。
こんなディテールを発見できるのが、
実車見学の醍醐味というものだろう。
また、シングル式履帯の末端、
コの字型の履板留めピンの形状も興味深い。



その向こうを見るとそこには、
美しいまでの曲線を描く 74式戦車が!
まさに我々の世代=冷戦時代を守り抜いた
そして今も数の上では主力として現役の戦車だ。
しかしその時、隊長が叫んだ!
「せいもく隊員はどこだ!?」
確かにその姿が見えない。隊員たちに緊張が走る!
しかし、ほどなくして無事発見された。
なんと先ほどM32を計測していた人物と
話し込んでいたのだ!
そしてその人物の正体を知った我々取材班は、
愕然としてその言葉を失った!!

※個人と企業のプライバシーを尊重するため、
この人物の正体・何をしていたか、という情報は伏せさせていただきます。
いずれ公表できる機会がやって来ることでしょう!(^^)
74式戦車の気になる部分の撮影を終え
謎の人物とも別れを告げた我々取材班は
最も奥に置かれていた軽装甲機動車を検分。
「ライトアーマー」
そのネーミングセンスに戸惑いを隠せない探検隊員。
さらにフランスのパナールVBLとの確執を禁じえない
そのフォルム。実用性と機動性を追求すると
同じ形状に行き着くということの証明なのだろうか?
車体後部に設置されたベンチレータの
大きな隙間の存在に戦慄を覚えながら我々取材班は
74式戦車の細部写真をついでに撮っておいた。
この戦車の細部の写真は
この場所で撮っておいてよかったことが
後ほど明らかとなる!



さらに敷地の奥地へと歩を進める。
次に向かうのは、「総合訓練場」と呼ばれる場所だ。
ここにはすでに戦車隊が待ち受けているという。
そして遂に!
最新鋭主力 90式戦車
その大部隊が目の前に!!
優に一個大隊、いや一個連隊とも思えるその編成!
その圧倒的な光景に愕然とする隊員たち!
しかし、沈着冷静な隊長の指示によりベースキャンプを
演習場を見渡せるこの場所に設営、事態に備えた!
しかし。。。校長や幹部の長い長い訓示、
地元出身の代議士や老人達の挨拶、祝電。。。
「『ガメラ2』に出て来たの、ココなんだよねー」
と、隊長の言葉に感心するせいもく・かさぱのす両隊員。
しかし、ちぱ隊員はすでに
子供のように飽き始めている!タダをこね始めている!
しかしその時、乗員搭乗の指示が!!
パレードの開始だ。
我々のまさに目の前で
一個連隊が一斉に
エンジンをかける!

真っ黒い排気と轟音が
恐ろしげな地鳴りと共に会場を包み込む!
腹の底から伝わるその地響きが
文字通り大地を揺るがす!

先に発進する90式戦車の吹き上げる黒煙に
「黒くて前が見えませんよー!」
後続する戦車隊員からそんな声が
聞こえるわけもなく、
車両が続々と来賓席の前を通り抜け、
一旦演習場を出て行く。



しかしすべての車両が会場を後にしたわけではなかった。
会場中央にぽつねんと、
92式地雷処理車が一輌停車している。
よもやエンジントラブルか?
こんなこともあろうかと待機していた、
90式戦車回収車が指示を待つ!
なんと我々取材班の目の前で、
回収作業を始められてしまった!
こんな作業風景を目撃できる機会に恵まれるとは!
回収車が後部の油圧サスペンションを下げ
トーイング・バーを故障車に接続する。
牽引具の位置に合わせるべく、少しづつ調整しながら
サスペンションを下げて行く。
なかなか難しい!
操縦手を除く、両車の乗員が総出の作業だが、
さらに半個分隊ほどの隊員が
ジープ:73式小型トラックで応援に掛け付けてきた。
時間も押し詰まっている。
いよいよ大騒ぎだ!!
しばらくして、ようやく接続に成功!
無事に回収され、あっと言う間に去って行った。
晴れの舞台で回収作業。
整備班がこってり絞られるのだろうか。。。
しかし、これだけの車両を
一斉に可動状態にするということは、
実は想像を絶するマンパワーと技術を要することなのだ!
我々探検隊員たちはそのことをよく理解している。
充分によくやってくれたぞ!メゲナイでくれ!
そう願わずには居られなかった。。。

音楽隊のマーチ、和太鼓隊の勇壮な演奏に続いて
いよいよ「模擬戦」開始だ。
ちぱ隊員をはじめ一部ギャラリーから
「。。。やっとかよっ」という声が一部で聞こえる。
失礼な発言だ。
とその時! 突如頭上に、
OH-1ヘリコプターが!
なんと、頭上にやって来てその風圧を受けるまで
その爆音は聞こえなかったのだ!
超低空飛行するその姿は、まさに驚異だ!
この国産偵察ヘリの愛称が「ニンジャ」と呼ばれる所以を
まさに思い知った瞬間だ!
この日はあいにく、霧の濃い日だったので
当初予定されていた空挺部隊による
落下傘降下は中止となったものの
UH-60輸送ヘリが一機飛来、
機内からロープが垂らされるのが見えた。
その時、レインジャー一個分隊が
一気に降下!
この斥候部隊と偵察ヘリOH-1が、
「敵」の進攻を確認したという想定だ。

現代の軽騎兵!
オートバイ部隊のカワサキKLX250が奔走する中、
87式偵察警戒車が登場、その35mm機関砲を以って
「敵」歩兵や装甲車をなぎ払う!
我が方の威力偵察が完了、その直後!
巨大な99式自走155mm榴弾砲「ロングノーズ」
突如として我々の目の前を通り抜けた!
これからが総力群舞だ。



155mm榴弾砲FH70が入場して来る。
もともと欧州の三カ国で共同開発され
国内でライセンス生産されている、この砲の特徴は
なんと言っても、自走出来ることである。
その速度は予想以上に、速い。最高時速20km/hだ。
自走して布陣出来るFH70は便利に見えたが、
最終的に配置に就く際は人力だ。
砲架を開く前に、砲身にロープを掛け
回す!!
勇壮な特科(砲兵)隊員の姿に萌える!
陸自最大の火力「20榴」203mm自走榴弾砲
さらに87式砲側弾薬車82式指揮通信車も進入、
布陣完了だ!
我々取材班は発砲の瞬間に備えた。
ちぱ隊員はすでに必死の形相で、
両手で両耳をしっかり押さえている!
しかしぴったり押さえてしまうのは危険だ。
体内と体外の気圧の落差で、発砲の瞬間、
かえって鼓膜を破ってしまう恐れがある!
かさぱのす隊員がその注意を促していた、
まさに、その時!!



大地が揺れた!!
何が起きたのかわからない!!

我々もギャラリーも一瞬、声が出ない!
放列の一斉射撃が始まったのだ!!
「バン!」という短く乾いた音ではあるが、
その大きさたるや
誰もがかつて聞いたことのないような巨大な音だ!
さらに衝撃波が我々の体を一瞬、強く叩く!!
空砲とわかっているとは言え、
まるで地獄の底へ叩き落とされるような
大音響で周囲を圧倒しながら、
第ニ射・第三射が続く!!
白い煙を吐く砲口!
第四射・第五射が続く!!
一瞬、耳が脳髄の奥へと引っ込みそうになる!
「発射ー!」「撃てー!」
「ファイヤー!」「フォイアー!」「アゴーイ!」
砲兵隊がなんと叫んでいるのか、
もはや機能していない我々の耳には聞こえない!
しかし、衝撃波に耐えながらカメラを構えている
かさぱのす隊員は、耳を押さえることが出来ない!
大きく口を開けて、なにやら「あ゛ーーー」と言っている。
気がふれたかと思われたが、そうではない。
そうして体内の気圧を高めようとしていたのだ!



砲撃が止まぬ会場内に
機甲部隊が進入する!
支援砲撃の下、侵攻して来る「敵戦車」を
阻止するというシナリオだ。
指揮通信車の指示を受け布陣する
74式、そして90式戦車。
4輌編成で一個戦車小隊か。
遂に放火を開いた!
発砲の音がやや遅れて我々に届く!
もちろんこれら戦車砲も空砲だが、
その衝撃は凄まじい。
ただし予想よりも小さく聞こえる。
我々の耳がすでに、
支援砲撃の音に麻痺していたためだろうか!?

「敵」部隊はまだ殲滅できていない!
さらに砲撃続行!!
ちぱ隊員のような経験不足の者は
「もういいよー!」「やめてー!」
などと言い出す。始まったら始まったで
止めてくれと言い出す。
しかし、これが一般の民間人として
当然の反応なのかも、知れない!
シロウトを連れて来たのは、失敗だったか!?
因みに空砲の発射に際しては
各砲には装薬とともに、
青い円筒形のスポンジのような物体が装填されていた。
発砲の際、砲口からなにやら小さな破片が飛び散る。
恐らくその詰め物が飛散しているのだろう。
「状況、終了ー!!」
どうやら「敵」部隊を撃滅、進攻を食い止めたようだ。
緊張の連続だった我々取材班もその場内アナウンスに、
ようやく安堵のため息を漏らした。



この後、「資料館」で自衛隊の歴史とその装備を見学。
さらには、模型雑誌「AM」に掲載されていた
自衛隊車両の模型作例の展示に、あっと言わせられた。
旧軍の歴史的展示なども見学した後、
昼食は「ふれあい広場」に展開された各中隊の模擬店で、
我々は「第3中隊の焼きソバ(\200)」を購入。
その売り上げが隊員達のボーナスになるのか、
それはわからない。


文字通り「学園祭」の雰囲気の昼食後は、
先ほどまで模擬戦闘の行なわれていた訓練場で
現役車両の展示と体験試乗だ。
しかしその余りの長蛇の列に、
体験試乗はあきらめざるを得なかった。
我々取材班を興奮させたのは、
モデラーの本能、このような
取っ手のハゲチョロだ!
せいもく隊員が74式戦車の排気管に近づいた、その時
恐るべき考えを口にした!
「このススを模型に塗ったら。。。。」
。。。確かに。確かにそれ以上の「リアル」はないだろう。
しかしいくら煤カスとは言え、現地から無断で
持ち出す行為は慎むべきかと考えた我々取材班は
「煤汚れが車体にまで及んでいない」
という実態を記憶しておくまでに留めた。
現につい最近もある男が富士演習場に無断侵入、
愚かにも持ち出して売買していた不発弾が
爆発するという事件があったばかりだ!

排気の煤汚れと言えば
独立した排気管を持つ先ほどの74式とは違い、
車体側面に開けられた排気口から出ている
この87式偵察警戒車のような車両では
当然の事だが、その車体後部に流れるような汚れが
付着していたことは特筆すべきことだろう。
かさぱのす隊員が指でぬぐってみたが、
そう簡単に落ちるものではなかった。
また、一回の操行でここまで車体が土埃にまみれる
ということも注目すべき点であった。
隊長が装輪式の
この87式偵察警戒車の巨大なホイールを見て呟いた。
「こんなの塗装じゃ再現、ムリだよ。。。」
泥まみれになった大口径のコンバットタイヤ。
タイヤ本体の色の上に泥色を塗るか、
泥色の上からタイヤの色をドライブラシするか。
実際のこの状況を目の当たりにした今、
いずれの方法にしても、
この汚れ方を塗装だけで再現することは
まさに「神業」と言えるだろう!



203mm自走砲の駐退機のシリンダーにも
思わず目を見張るものがあった。
生きている砲の駐退機のシリンダーというものは、
ここまで光り輝くのか!
そして87式砲側弾薬車の足回り、つまり
装軌車両の起動輪・履板の歯の部分も
ここまで光り輝くのか!
まるで、わざわざ切削して磨き上げたかのような
聞きしに勝る、驚くべき輝きだ。
さらに、履板の色に注目したとき、意外なことに気付いた。
泥だらけだが履板の末端部分に「緑色」が残っている。
ロールアウトしたばかりの新品の陸自車両は、
キャタピラまで緑色なのか!?
多連装ロケットシステムMLRSの、
その柔らかい土壌に据わる
足回りを見た。キャタピラは大地に
ここまでめり込む!
情景模型を作る際の教訓に、
我々はただひたすら感心していた。
とその時、またあることに気付いた!
自衛隊車両は現在、車両ごとにパターンの違う
緑と茶の二色迷彩なのだが、その茶色に
部分的差異がある!!
お分かりいただけるだろうか。
なんとこの一輌のMLRSは、操縦席側面の茶色が
どうやらタッチアップされたらしく、
部分的に色調が異なっていたのだ!



車両の塗色という面で周囲をよく見ると
車両によって、間違いなく色調の違うものがあった。
その茶色は、あるものはアースブラウン、
またあるものはレッドブラウンだったのだ。
またその迷彩塗装自体、
マスキングを施してから吹きつけた車種と
そのまま直接スプレーした車種とがある。
塗装は中隊ごとに一任されているのだろうか?
これら一連の写真でも、
その微妙な差異をご覧いただければいいのだが。

「色考証なんて言っても、実際はこんなモンさ」
探検隊の全員が思わず口にした。
これからはもっと、自分のイメージを大事に模型を塗ろう
そう自分に言い聞かせながら、撮影を続けていた。
様々な現役装備を、自由に目に出来る機会ではあるが
最新の主力戦車である90式の細部撮影は厳禁であった。
かさぱのす隊員が74式戦車の、
これまた光り輝く起動輪の歯を接写しようとした、
まさにその時!
「細部撮影はご遠慮願います」
自衛隊員の制止する声が!
就役してもう30年になろうかという、しかし
数の上ではまだまだ主力の74式戦車。
まだ外見に
秘密が隠されているのか!?
特に起動輪周辺に!?
国防の意識を大事にしたい我々取材班は、
素直にその指示に従い細部撮影は行わなかった。
「ふれあい広場」の車両をもっと撮っておくべきだったか。



我々が撮影している間にも
体験試乗の民衆を乗せるために
機関室上面に特設ブースを設けた
戦車隊や89式戦闘装甲車がそばを駈け抜けて行く。
「タンク・デサント」
「戦車随伴歩兵」

そんな単語が思わず、特に意味もなく口を突いて出る。
大地を掘り返し、それを巻き上げながら、
目の前を疾走する90式戦車を
静かに見送る我々探検隊一行。
今回我々が目にした現象、そのどれもが
我々が当初想像していたよりも、壮大だった。
砲撃の大音響の耳鳴りを
まだ耳にしながら、我々探検隊は
震えの止まぬ足でこの地を後にする。


最後に
我々取材班に残された最大の謎。
饅頭である。
その名も
自衛隊オリジナル饅頭
・・・「撃」!

通り名はさしづめ「撃まん」・・・か。
「特許製法」という記載が大きく見出しされたそれは、
「ふれあい広場」の模擬店で購入したものだ。
「厚生センター(PX=隊内売店)」でも販売されていた。
12個入り、1000円。
一日売り子となった野戦服の自衛官が大きく叫ぶ
「本日の為に、作って参りましたぁー!」
・・・製造元表示を見ると、「神奈川県大和市」の
某菓子メーカーの名が記されている。
謎だ!
また「特許製法」とは、饅頭にプリントされた図柄が
国内産天然素材で独自の製法で仕上げられた
ということを指すらしい!
「防」でもなければ「衛」でもない。「撃」というネーミング。
・・・重大な国家的策略の介在が見え隠れする。
今回のミッションにおいて、我々探検隊を襲った
最強の武器だ!
後にTAC氏に聞くところによると、なんと去年はこれと違って
「薄皮栗まんじゅう」が販売されていたというではないか!
問題の「特許製法」された図柄は、
戦車・戦闘機・自衛艦の3種。
我々取材班はその饅頭を食してみた。
・・・不味くはない。
なお図柄によって味に違いはなく、
どれも同じ餡であった。「戦車味」など、ない。
余計な装飾や余分な甘さを抑えた、まさに
質実剛健。
・・・「撃」「GEKI」「ゲキ」
そのネーミングとマーケティングのセンスは、
どこの誰に何を求めようとしているのか?
今回一連の行事に見え隠れした、「自衛隊」という
この特殊な組織の民衆への接し方に対し
我々取材班は
強い親近感を感じることとなった。
つまり自衛隊員もまた、
単なる「一日本国民」なのだということの
証しと言えるのではないだろうか?

来年の富士学校は
「第50回開設記念行事」ということで、
さらに大きな催しとなることだろう。
果たしてそこには、どんな饅頭・・・
否、どんな超常現象が待っているのか!?

我々探検隊の、風を恐れぬ飽くなき挑戦は、続く!

「陸 上 自 衛 隊」公式サイト・・・http://www.jda.go.jp/jgsdf/

 写真は筆者(かさぱのす隊員)撮影による一部。臨場感を読み取っていただけるだろうか? しかしその驚愕すべき現実は、現地に行った者にしか理解してもらえないと思う。。。


【蛇足的追記 夢中暦200308.11】
 今回の探検に先立って国会では、「専守防衛」自衛隊のイラク派遣が(いつものことながら)なんだかよくわからないうちに決定された(戦争の最も恐いところは、こうした「我々一般国民が知らない所で知らない内に始められてしまう」ところであると思う)。 活動内容や権限の範囲が定まらないまま。 米国との同盟関係を重視した末の結論であるが、命の危険にさらされるのは誰あろう、今回友好的に接してくれた兵隊さん達である。 「さぞやお偉い先生方」が上層部として決定したからには、この「我々を外敵から守ってくれる人達」もそれに従わざるを得まい。 我々としては安全をただひたすら願うばかりである。 胸の詰まる思いだ。 フィンランド軍のPKF活動とはその成り立ちが異なるのだ。
 政治や国際問題・歴史などにはカラキシ弱いはずの、京都在住の私の母(通称「おかん」)が、先日久しぶりにした電話で珍しく、柄にもなくこんなことを言って怒っていた。現首相や国会議員にほとほとガッカリしていることを述べた上で:
 「国連決議でもないのに、無法にも自衛隊をわざわざ外国へ出て行かせるなんて。 しかも、使こうたらアカンけど鉄砲は持って行かなアカンなんて。 。。。あのパイプを咥えて飛行機から降りて来はった人(←D.マッカーサーのことを言っているらしい)が生きてたら、今ごろナンて言わはるやろか!?」
 。。。うmmm。 言うたれ、おかん!(か)

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