ヴァプリィッキ・ミュージアムセンター(タンペレ)
Museokeskus VAPRIIKI , Tampere



 古来フィンランド重工業の中心都市だったタンペレ市内中心部に1996年に開館した、複合博物館施設。 所在地で言うと「Alaverstaanraitti 5」。 タンペレ駅前から歩いて20分程度、美しい運河沿いの街中をぶらぶら歩くのも良いでしょう。 博物館は、地元の大手企業タンペッラ社の古い工場の一部を改装した建物ですが、どれも同じような美しいレンガ造りの建物の入り組んだ一画(←褒めてない?)にあるので、ややわかりにくいかも知れません(かつてワタシも、当時それが博物館だとは知らずに迷い込んだことがある!)。

 この博物館は、フィンランドないしタンペレ市の「動植物/自然史」「鉱石/宝石」「電気/通信メディアと工業」「郵便」「おもちゃ」「アイスホッケー」「現代美術」「1918年の内戦」といったテーマ(2015年現在)の博物館がそれぞれ接続されており、ここに一日じゅう居ても飽きません(ワタシは!)。

 故に軍事博物館ではありませんが、タンペレにあった国立航空機工廠や、タンペッラ社の兵器部門の歴史についても紹介と展示があります。
 また(嫌な話題なので、これまであまり表立って紹介されることのなかった)フィンランド独立直後に起きた、1918年の内戦についても大きく展示されています(タンペレも激戦地となった)。
 当時ロシアにバックアップされた共産主義陣営「赤衛軍」(旧大公国フィンランドに残留していたロシア兵を掌握し勢力拡大を計るボルシェビキに、急進派のフィンランド人労働者や学生が煽られたような印象を受ける)と、自主独立保守派の「白衛軍」(とはいえこちらは、良くも悪くもドイツのバックアップを陰に陽に受けた)とに分かれて戦われた、いわば「自国内の黒歴史」をも隠さず知っておこうという姿勢は、我々外国人も謙虚に見学しておきたいところです。

 観光客やファミリー向けの、洒落たミュージアムショップやカフェもあります(これまで見てきた軍事博物館の「売店」の殺伐さに比べると・・・大違い(~o~))。 実際、来場者のほとんどは家族連れで、子供も大人も勉強になる施設です。

 入館料大人1人10ユーロ(2015年現在。チケット1枚ですべての施設見学が可能!)。


開館時間(2015年現在のHPによる):
火曜日〜日曜日 10:00〜18:00(月曜休館)

ヴァプリィッキ公式HP
http://vapriikki.fi/

(因みに月刊誌「」2013年7月号に、斎木伸生氏による非常に詳しいこの博物館とタンペレのレポートが掲載されていた。ワタシもその記事でヴァプリィッキを知ることが出来たことを記しておく)

主な収蔵展示物(実車写真集へ)


 水力発電所やフィンレイソンの旧製紙工場などを横目に、美しい運河沿いを歩く。(2015年秋の撮影)
 正面。 レンガ造りと石造りの美しい界隈。(2015年秋の撮影)
 実はかつて2004年にもこの門前までは来たことがあった(市内をブラブラ彷徨って、ココまで入り込んだだけなのだが)!
 壁の懸垂幕に大きく「samurai」と書いてあって驚いたので、何も知らないままに撮影していた(写真の囲みに部分拡大)。

 当時の我々はこんな規模の大きな博物館だとは知らず・・・入っておけば良かった!(2004年の撮影)
 鉄っちゃんではないのでよく知らないが、タンペッラ社が製造したフィンランド国産の蒸気機関車が1両、表に展示されている。(2015年秋の撮影)
 博物館の写真ではないが、鉄道ついでにタンペッラのディーゼル機関車。 繊維工業から鉄鋼業やこんな機関車の製造までやってる大手メーカーですよ、ということで。(2004年の撮影)
 かつてペタヤヴェシに向かう(2015年の今や廃線の危機にあるという!)ローカル線に乗った時に撮っておいた。(2004年の撮影)
 さてヴァプリィッキ博物館内。
 広大な館内は、もともとタンペッラの織物工場だった建物だそうだ。(2015年秋の撮影)
 館内には、15t天井クレーン(ドイツのベルリン製)がそのまま残っていたりする。(2015年秋の撮影)
 ロシア帝国の統治から独立した翌年、1918年に始まった内戦についての展示エリア。
 「(フィンランドは)ロシア革命の混乱に乗じて独立を果たした」と解説されることが多いが、言い方を変えれば「革命の混乱に乗じた」が故に、同時にそれ以降ボリシェヴィキ/ソ連の拡大と対峙しなければならなくなったとも言える。(2015年秋の撮影)
 内戦の「顔出し看板」て・・・(本来はタブー視したいはずの自国の黒歴史の展示で・・・日本でこのやり方は許されないんだろぅなぁ(~~;))。
 タンペッラはフィンランドの大手軍需産業のメーカーでもあった(現在その兵器部門はパトリア社に吸収)。
 例えば戦前の1933年から迫撃砲を国産化しており、戦後はイスラエルとの合弁で「ソルタム社(「sol-」はイスラエル側の企業の頭文字、「-tam」はTampellaのタム!)」の創立に至るのであった(別会社を外国に・・・それもイスラエルみたいな国に置けば、中立国の立場でも兵器輸出で儲かるもんねー・・・って、そちも悪よのぉ・・・いえいえお代官こそ・・・むにゃむにゃ)。

 写真もソルタムの120mm迫撃砲Krh62A-H(戦時中のタンペッラ製Krh40の改良型)。(2015年秋の撮影)
 タンペレにあって、戦時中は大活躍(北欧空戦史ファンならお馴染み)のVL(国営航空機工廠)とその設計部門を紹介するエリアに、フォッケルD-XXIの国産プロペラが展示されている。(2015年秋の撮影)
 航空機工廠(VL)で製造され(!)タンペレ市内を走っていた、フィンランド初のトロリーバス。 燃料が貴重だった戦時中から、1974年に至るまで(改良を加えられながら)走っていたらしい。(2015年秋の撮影)
 電気設備や重工業の展示エリアの一角に、シミュレータ・・・うわっ、フォワーダのシミュレーターやーーー!!・・・と言われてもピンと来ない人も多いかも知れないが、「フォワーダ」というのは木を伐採すると同時に回収する車両のことである。 古来、林業はフィンランドの重要な産業のひとつである。

 お子達もウハウハだ!(ummm・・・どーでもいーけど早くその席をオッチャンに代わっておくれ・・・)。(2015年秋の撮影)
 これがそのフォワーダの一例。 6本脚型の試作車両(車両?)。 森林をノッシノッシと歩いて来るタイプだ。(2015年秋の撮影)
 こちらは郵便博物館エリアの「戦時の軍事郵便」の紹介の一例。 こういう腕章を巻いた兵士が郵便配達していたらしい。(2015年秋の撮影)
 おもちゃ博物館の入り口に・・・あっ!・・・置いたらアカンぽい、どこかが怒ってきそうな人形が無邪気に置いてある・・・!(~o~)(2015年秋の撮影)


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