MiG-21戦闘機各型(&MiG-15UTI)
(MG-92,103,111,127&MU-4)


ソ連のミコヤン/グレヴィッチ設計局が開発、1955年に原型機が初飛行、
戦後のベストセラーとなった(その生産数1万機以上といわれる)、
マッハ2クラスの単発ジェット戦闘機。
NATOコードネームでは「フィッシュベッド」(複座の練習機型を「モンゴル」)と呼称。
世界40ヶ国以上で使用され数々のバリエーションがありますが、フィンランド空軍では、
MiG-21F-13を22機(1963年から82年まで)、戦後の芬空軍力を飛躍的に近代化させ、
MiG-21bis(電子機器やエンジンがパワーアップ)を20機(MiG21Fの後継として1978年以来)、
MiG-21UTI練習機(U/US/UMの3種)を1965年から各2機づつ、使用してきました。

つい最近まで、SAABドラケンとともに第一線機でしたが、F-18ホーネットとその座を交代しました。

以下の写真はヴァンターとユヴァスキュラ、それぞれの航空博物館で見ることが出来る各機体です。




(ミグ21と奥さんと、どっちが太く見えるかはさておき(!!))
ヴァンターの航空博物館の入口そばの駐車場では、
MiG21F-13(MG-127号機)とMiG21bis(MG-111号機)が並んで迎えてくれます。




MiG21F-13、MG-127号機(元は「MG-77」号機だったそうです)。
継続戦争以来伝統の「緑」と「黒」の二色迷彩と思いきや、
錆びと退色を差し引いても、その「黒」はかなり茶色がかっています。
光線の当たり具合にもよりますが、
このような「ほとんど茶色い黒」を塗られた機体の写真は、他でもよく見かけます。


(←クリックで大きな画像)

同じくMG-127号機の着陸装置付近(前後輪)。
よく撮ることが出来ませんでしたがm(--)m、
主脚の引込構造は、かなり複雑な折りたたまれ方をすることが、
宮前氏のHP「ハードな冒険」の「飛行機の脚」のコーナーで図説されています
(なんと!もともとハインケルのアイデア!?)。




そのMG-127号機の主翼は、無残にも折れています。
その代わり、MiG21の主翼断面構造がわかります(わかりたいか?)。

因みにこのヴァンターの航空博物館には、
もう1機のMiG21bisと、MiG21UMも1機保管されているそうです。




一方、中央航空博物館にも、MiG21F-13とMiG21UTIが展示されています。




中央航博のMiG21F-13、MG-92号機。




同機の尾部下部のフィン付近(機体右側より撮影)。



(↑クリックで巨大画像)


同機の主脚付近(左側)。
中央にぶら下がっているのは増槽。




同機のジェット噴射口付近。




こちらはMiG21U、MG-103号機。




同機の機首正面と、その上(向かって右寄り)から伸びるピトー管の先端。




方や先ほどのMiG21F-13、MG-92号機の機首正面。
ピトー管はMiG21UやMiG21bisと違い、機首下部から突き出ています。




↑これら4機の塗装と国籍マークの違いを並べて見ると面白い。
一番古い形態の(大きな)国籍マークの、MiG21U(MG-103号機)。



↑国籍マークがやや小さくなった、MiG21F-13(MG-92号機)。



↑その後フィンランド空軍独特の三色迷彩が施されるようになった、
MiG21F-13(MG-127号機)。



↑さらに国籍マークも機体番号も小さくロービジ化された、
MiG21bis(MG-111号機。フィン空のMIG21最後の姿とも言える)。




いい天気だ!
こんな駐車場欲しい!?


オマケでMiG-15UTI


中央航空博物館には、もうひとつのミグ練習機:MiG-15UTIが展示されています。
1962年から78年までの間、芬空軍に使用された合計4機のうちの一機、「MU-4号機」です。
(その直上の巨大な飛行機はイリューシンIl-28爆撃機の偵察機型。
フィンランドは、1947年のパリ条約の制約により、爆撃機を保有していません)




回遊しながらこういう口を開けてプランクトンを食べる巨大魚がいますよねぇ(^^)
ところで、現在のKPの「Lim-2A(CS-102。チェコ製MiG15UTIの名称)」の1/72キットには、
フィン空デカールも入っています(72では唯一のMiG-15UTIのキット)。



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