ブルースター・バッファローB239戦闘機(BW-372号機) パート3。 前頁からの続き。

前方から風防に迫る。


伝説のブラック・リンクス、第24戦闘機隊のシンボルマーク:山猫!
迷彩塗装の後に、ステンシルして白をスプレーしてある。
つくづく素晴らしい保存状態だ。

機首を左舷側から。
B-339型よりも若干長い部分(「バッファローB-339型のキットを改造する時のお約束」部分である)。

背伸びして、座席を外されたコクピットの後方を覗き込んで見ると、こんな感じ。

座席とその防弾板。
うわっ・・・背もたれの致命的な位置に被弾痕が!
パイロットのラウリ・ペクリLauri Pekriは、重傷を負うことなく脱出に成功したそうなのだが・・・。
(彼の乗機となる以前のものか?または装甲板が彼を守ってくれたのか!?)

角度を変えて。
50年湖底に沈んでいてもコクピット内にベルトは残っていて、綺麗に洗濯した!・・・ということだろうか?!

無線機やら補器類は外されて展示。

こんな形で湖底に沈んでいたらしい。
(1/72ぐらいのバッファローがスクラッチしてある!(~~))

博物館の「空中回廊」から尾翼を真上から見下ろす。

反対に機首を見下ろす。
フムとの違いを見比べることができる!

コクピット内部を見下ろす。
操縦桿やコンソールは完全な状態だ!

位置を替えて。右主翼上面の機銃パネル内部も観察できる。
翼の(胴体寄りに2発見える)被弾痕が痛々しい。
(パイロット:ペクリ氏は、本機を不時着水させた後に生還)。

機首部分。
アンテナ支柱は失われているが、その開口部がはっきりわかる。

1942年6月25日、本機最後となった出撃に飛び立ってから60余年。
ようやく、こういう形で祖国フィンランドに還ってきました。
お疲れ様。安らかに眠って欲しい。
なおパイロットだったペクリ氏は果敢な脱出劇の後、その後も継続戦争を戦い・・・しかし1944年6月に再び撃墜され、捕虜として半年間ソ連側に拘留されました(撃墜数は18.5機を記録)。
戦後はテストパイロットとなり、50年代には、フィンランドで最初の『音速の壁を破った男』として有名に(乗機はフォランド・ナット)。さらに司令としても活躍。
1999年8月没。(なんとBW-372号機がカレリアでサルベージされた・・・翌年に)

・・・ボー然。
(2012年6月までに、フィン空ファンはココへ急げ!!)
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